落語家 瀧川 鯉輪
キリコ会館にて
(右写真)
皆さん、はじめまして。落語家の瀧川鯉輪(たきがわ・こいりん)と申します。のとキリシマツツジが見ごろを迎えた五月の大型連休に、深紅の花と落語を楽しんでいただく企画に出演をしました。訪れた能登の美しい風景や、ご縁をいただいた方々との出会いをまじえてレポートします。お付き合いください。今回は、能登ゆかりの落語の演目に強い思いを抱く旅になりました。
まずは簡単な自己紹介を。わたしは石川県金沢市の出身で、師匠は瀧川鯉昇(りしょう)です。真打ちを目指す二つ目(ふたつめ)という身分で、現在は東京都内の寄席(よせ)などに出演しています。昨年、「のと里山空港応援隊」に加わったことをきっかけに、今回の企画に声を掛けていただきました。
色鮮やかなのとキリシマ
落語会の会場となったのは、「のとキリシマ花の寺」で知られる能登町七見の萬年寺(ばんねんじ)。四百本以上の色鮮やかなのとキリシマに、石組と木立の絶妙な調和が、凛とした雰囲気を醸し出す。これを目当てに県内外から大勢の方がお見えになるのも納得だ。さあ、一生懸命に落語をしよう。気合いが入る。
前住職を意味する「東堂」の久保獻令(くぼ・けんりょう)さんをはじめ関係者の皆さんは、初めての企画なだけに、どれくらいのお客さまが集まるか気にされている様子だったが、ふたを開けてみると、本堂にいっぱいのお客さま。「初天神」や「金明竹」(きんめいちく)などの演目をかけた。落語って面白いと思っていただけたら、幸せ。こんな思いを胸に、お客さまを見送る。
お寺の皆さんによると、のとキリシマツツジは根が繊細で、水や肥料のやり方が非常に難しいらしい。この素晴らしい庭園を作り上げる苦労は並みではない。頭が下がる。
阿武松に思いをはせる
久保さんから興味深いお話をうかがった。なんと、萬年寺の本堂で今から二百年数十年前に、あの伝説の横綱・阿武松緑之助(おうのまつ・みどりのすけ)を江戸に送り出す壮行会を行ったというのだ。ビックリである。というのも、阿武松の人生は落語の演目として落語ファンに親しまれており、自分自身大好きな根多(ねた)で、いつかお客さまの前でご披露したいと考えていたからである。
阿武松が能登町出身であったことは以前から知っていたが、今回の旅を通して、この根多に懸ける思いをさらに深いものにした。阿武松は、どんな感情を抱いて江戸に旅だったのだろうか。本堂で思いめぐらせてみる。次回のこちらの落語会で阿武松をかける約束をするとともに、将来の自分の得意演目に育て上げる決意を固めた。
お寺から徒歩数分のところに、阿武松の顕彰碑があり、しかも、阿武松の生家だったところに住む方が落語会のお客さまの中にいらっしゃったそうだ。のと里山空港を利用して落語ファンをこのお寺にご招待し、一席きいていただく。こんな企画ができないだろうかと「応援隊」としての夢を膨らませる。
相撲王国のちゃんこ鍋
能登はグルメの宝庫。何を食べようか迷ったときには、「のと里山空港利用促進協議会」が発行するフリーペーパー「ぶらり能登」を参考にしよう。宿泊地の穴水町にはどんなお店があるのか探していると「元力士がつくるちゃんこ鍋」のフレーズに目を引かれる。よし決まった。「ちゃんこ鍋一品料理 力」(りき)だ。
のれんをくぐると、大将と女将が出迎えてくれる。間髪いれずちゃんこ鍋を注文。夫婦漫才のような二人の掛け合いを楽しみながら、注文したものが出てくるのを待つ。この鍋の売りはズバリ、能登牛を使っていること。やわらかくてほどよい脂身に、「ソップ炊き」と呼ばれる鶏ガラベースのしょうゆだしがよく合う。ちゃんこ鍋以外の新鮮な魚介類ももちろんオススメだ。
聞けば大将は、中学生のときに故郷の穴水町を離れ、角界入りを目指して東京の学校に転校したそうだ。その後の人生模様をうかがいながらいただくちゃんこ鍋の味わいは格別である。そう言えば、人気力士の遠藤、そして師匠の追手風親方(元大翔山)も穴水町出身。相撲王国とも言えるこの状況について、大将からいろいろ話を聞くのも面白いかもしれない。
歩きを満喫
三十回の記念を迎えた能登町の「猿鬼(さるおに)歩こう走ろう健康大会」にも当日参加をした。ご当地の猿鬼伝説をもとに付けられた名前だそうだ。「歩こうの部」と「走ろうの部」に分かれており、体力に合わせて距離を選択できる。散歩を趣味にしており、歩くのには自信がある。迷わず、歩こうの部で最長の十六キロコースを選ぶ。晴れ渡る空。絶好のウオーキング日和だ。
普段から早歩きを心がけており、ひそかにトップグループを狙っていたが、現実は甘くはない。とくに驚いたのは、小学生たち。楽しそうに友だちとお話ししながら、スイスイと大人たちを追い抜き、距離を広げていく。スポーツをしているお子さんが多く、たくましい。
田園風景とおいしい空気を楽しみながら、無事にゴールイン。「能登はやさしや水までも」とパッケージに書かれた能登町の海洋深層水のペットボトルが振る舞われ、のどを潤す。歩きを満喫できる環境も、素晴らしい観光資源だと実感する。
能登は近い
わたしは、今回初めてのと里山空港を利用しました。率直な感想は「首都圏と能登は近い」ということです。羽田空港との間のフライト時間はわずか六十分。そして何より、能登には魅力がいっぱい詰まっています。今までレポートをしてきた以外にも、輪島キリコ会館や、能登の地酒「大江山」を昔ながらの製法でつくる「松波酒造」の酒蔵、見附島なども回りました。訪ねたいところはもちろん、もっともっとあります。能登に少しでもご関心を持たれたら、ぜひ、のと里山空港を活用し、旅の思い出をおつくりください。
今回の旅で、わたしにとって大きな収穫だったのは、やはり阿武松のことです。阿武松みたいに大輪の花を咲かせられるように、落語に打ち込むことを決意し、東京に帰ってきたのでありました。